はじめに
先日、あるエンジニアの採用面談の評価シートを見せてもらう機会があった。スキル欄には「TypeScript経験3年以上」「設計力」「コードレビュー経験」と並んでいた。AIツールの活用に関する項目は、どこにもなかった。
面談を担当したEMに「AIの活用状況はどうやって確認するんですか?」と聞くと、「面接の雑談で少し触れることもある」という答えが返ってきた。
あなたのチームの採用基準は、Claude Codeが登場した後に一度でも更新されているか。
採用基準を変えないことのリスク
レバテックの採用動向調査によると、採用担当者の約4割がAI普及後にエンジニアに求めるスキルが変化したと回答している(出典: レバテック「エンジニア採用動向調査」)。この数字が示すのは、採用市場が変わりつつあるという事実だけではない。変えている4割と変えていない6割の間に、見えない格差が生まれ始めているということだ。
従来の採用指標——GitHubのコミット数、実装速度、使用言語の幅——は、「AIなしで速くコードを書けるか」を測るための設計だった。Claude CodeやGitHub Copilotが当たり前になった今、その物差しで「AI時代に活躍できるか」は測れない。
むしろ逆の現象が起きている。発想力はあるが緻密な実装が苦手だったエンジニアが、AIを活用することで急激に生産性を伸ばしている。一方、従来指標で高スコアを出していたエンジニアが、AI前提の開発スピードに戸惑っているケースが出てきた。採用基準が止まったままのチームは、気づかないうちに「AIを使いこなせる人材」を落とし続けている。
malna株式会社が2週間で変えたこと
malna株式会社は2025年末にClaude Codeを全社導入した。導入からわずか2週間で、採用基準を全面的に見直した。
導入前の採用基準はスキル軸だった。広告運用能力、SEO知識、LP制作経験など、「すでに持っているスキル」が評価の中心だった。
導入後、軸が変わった。見るのはスタンスだ。具体的には3つ。自分の業務のムダを自ら改善しようとするか(自己改善への姿勢)。新しいツールに面白さを感じ、変化に適応できるか(継続的学習能力)。AIを使って何を実現するか、意志があるか(目的の明確性)。
この変化が示すのは、スキルは学べるが、スタンスは採用時点で見るべきだという判断だ。経験よりスタンスへの転換は、AI導入をきっかけに起きた組織の方向性の決定でもある。
EMが採用基準を変えられない理由
ここが、この問題の核心だと思っている。
EMが採用基準を変えにくい理由のひとつは、過去の成功体験への依存だ。自分が採用してきた優秀なエンジニアの共通項が「高い技術スキル」だったなら、その基準を変えることへの心理的抵抗は大きい。実績のある判断軸を捨てることは、自分のマネジメントの歴史を一部否定することのように感じられる。
もうひとつは、「スタンス」の評価可視化の難しさだ。コーディングテストなら点数が出る。しかし「自己改善姿勢」や「学習意欲」は、面接30分で測ることが難しく、評価基準がブレやすい。
だが、最も根深いのは3つ目だ。「私もコードが書けたから採用されたEM」というセルフイメージと、新しい採用基準が矛盾して見える問題がある。
採用基準を変えることへの抵抗は、実はEMとしての自分自身への問いと直結している。AIがコード生成・レビュー・テストの多くを担う世界で、自分はチームに何をもたらすのか。この問いに答えを持っているEMだけが、採用基準を変えられる。逆に言えば、採用基準を変えることは、AIが普及した時代のEMとしての存在価値を自分自身に問い直す行為でもある。
AIが普及してもEMが必要とされる条件
CyberAgentは2023年にEM評価制度「JBキャリアプログラム」を導入し、3要素を評価軸に設定した。チームビルディング、QCD管理、そして事業へのシンクロだ。同社の吉田氏は、EMとはエンジニアをマネジメントする職業ではなく、プロダクト開発を通じたイノベーションを起こすことだという考えを示している。
EMConf JP 2026でも同様の声があった。藤倉氏は「AIがコード生成・レビューを自動化する中で、人間に残る中心的価値は『何を作るべきか』の判断と責任を持つことだ」と話した。
AIに委譲できないものが、EMの本質的な役割だ。何を作るべきかの意思決定。チームのベクトルを揃えること。メンバーが自律的に動ける環境の設計。組織の文化と信頼関係の形成。
そしてここに、採用基準の話が戻ってくる。「自己改善姿勢」「学習意欲」「AIの活用目的を持つこと」、これらスタンス軸の採用基準は、EMが作りたい自律的なチームの素材を選ぶための軸でもある。採用基準を変えることは、EMとして目指すチームの姿を言語化することと同義だ。
採用で問うべき新しい評価軸
スタンスを評価するための問いを、具体的に挙げる。
「最近、自分の仕事のやり方を変えたことはありますか?きっかけと結果を教えてください」。自己改善への姿勢を問う。変化を自発的に起こせるかが見える。
「AIツールを使って達成した具体的な成果を一つ教えてください。どういう判断でAIに任せ、どこを自分でやりましたか?」。AI協働能力を問う。ツールの操作知識ではなく、判断プロセスが見える。
「半年前に知らなかったことで、今使いこなしているものを教えてください」。学習速度を問う。経験年数ではなく、変化への適応スピードが見える。
「もし全ての実装作業をAIに任せられるとしたら、あなたは何に時間を使いたいですか?」。目的の明確性を問う。この問いに具体的に答えられる人材は、AIを道具として使いこなせる。
既存の採用プロセスを変える場合、コーディングテストの廃止は不要だ。Claude Codeの使用を許可して課題解決プロセスを評価する形に変えるだけでいい。GitHubのコミット数の代わりに、AIとの協働実績と判断プロセスを問う。経験年数の代わりに、過去1年でどう変化したかのスピードを問う。変えるのは視点だ。
まとめ
今週の採用面談に、AIツール活用に関する設問を1問追加する。それだけで、あなたの採用基準は今日アップデートされる。

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